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根の上の石場建て5 土木工事3「樋のない屋根と雨落ち」

はじめに

前回は水が浸みこむ自然素材の駐車場の話で、雨水をその場で浸透させることを考えているといいましたが、最も重要な場所は大量の雨水を集める屋根です。

今回はこの屋根からの雨水を、土に浸透させる雨落ちの作り方です。
私は、屋根や敷地内の雨水を全て土に戻し、そして土に浸透し蓄えられた水を草木が蒸散する事で、水を介して初めて一つの循環が成立したような気がします。

ここでもう一つ大切な事があります。
少しわかりづらいかもしれませんが、水を土に戻す事は、空気を土に戻す事でもあります。

水と空気は一対。
例えば気泡の入ったストローを吸ったり吹いたりすると、水と空気は一緒に動きます。水が抜けると同時に、その空間に空気が吸いこまれる。つまり、敷地内の雨水を土に浸透させるということは、土中に空気(酸素)を送り込んでいるのです。

今回は、雨水を土に戻す目的は、土に酸素を戻す為と考えて読んでみてください。

 

 

1丁張

 

さて実際の作業の前に、雨落ちの説明。

 

 

通常、雨は風がなければ下に落ち、風が吹けば家側に落ちます。
屋根の先端から雨落ちの位置を決めて、深さを決めます。

寸法は特に仕様はなく、土の状態と使用する素材や、暮らし方に合わせて、位置や深さを決めていきます。

 

 

雨落ちを作るタイミングは、家を作る前か、完成して造園工事の時かどちらかです。
私はいつも最初に作るので、屋根どころか家もない状態で、雨落ちの位置を決めています。

最初に作る理由は、工事中も雨水を土に戻し酸素も土に戻し、少しでも土を育てる時間を大切にしたいからです。また雨落ちの上は、職人さん達の動線となり、工事中も土地を傷めることがありません。

土壁の伝統工法の家は工期が約1年間です。もし完成してからだと、その間に屋根からの雨水が激しく地面を打ち付け、職人さん達が歩き回ることで、家が完成した時には水が浸み込まない傷んだ土地になってしまい、元に戻して育てるまでの時間がもったいないと思います。

 

2床堀と杭打ち

 

今回の屋根は切妻なので、上と下に2列雨落ちを作ります。

 

 

屋根の位置に合わせて、丸太を横に寝かして土留め代わりに配置し、その丸太の固定も兼ねて、焼き杭を打ち込みます。焼き杭はカケヤで入る所まで打ち込んで、入らなくなったら上を切り落とします。

 

 

焼き杭を打ち込む理由は、水の浸透を促す為です。
傷んでいる土地の場合は、打ち込む本数を増やしたりもします。

写真ではわかりづらいですが、横に寝かした丸太の下にも穴や溝を切って、水が浸みこむ下地を作ります。

 

 

3小端立て 

 

丸太の杭打ちが終わったら、裸地になった地面を藁や落ち葉で養生し、その後はひたすら栗石の小端立てです。

栗石は縦使いで、石ハンマーで地面に打ち込みながら、石と石を組み合わせていきます。
グラグラして動くようではいけません、石積みの時のように石と石を点で固定していきます。
石によっては難しいですが、極力天端は平らになるようにします。

この作業は、一日やれば要領は覚えられるので、あとはひたすら自宅で自主練習です。
栗石の調達は、まずは近所や知り合いの土建屋さんに相談してみて下さい。

 

 

全面小端立てが終わったら、藁・落ち葉と炭・燻炭で、養生します。

 

 

最後は小さな石を使いながら、天端を平らに仕上げます。

 

 

これで一旦完成です。
ここから先は、草木や虫などの生き物と時間が、水が浸透する土中の環境を作ってくれます。

 

 

上から見るとこんな感じです。

この日は作業的にも人手がいる日で、畠山さんの土木チームが5人、大工が4人、体験の庭師さんが1人、そして建て主さんと私の12人で作業しました。

私は少しでも良い家を作る為には、建築の職人も土木の素材や作業や意図を理解し、土木の職人も建築の事を理解する方が、いろんな面で良い事ばかりだと感じています。都合が合えば職人さんを誘って一緒に手伝いにいくようにしています。今回も土木の手伝いのお返しに、建前には土木の職人さんと一緒に見学に行ったり、一緒に竹小舞や土壁に誘う予定なのです。

また、伝統工法の土木は、伝統工法の建築と同じように自然の素材を手仕事で施工しているので、いつでも手入れしやすく、直し続ける事でいつまでも暮らし続ける事ができます。逆に、調子が悪くなったら手入れしないと、永くは持ちません。その為には、建主が建築や土木の素材や作業を理解し、家を守りながら住めるようになっていただくことが必要なので、建主も現場に誘うようにしています。

 

 

2024年6月、施工2か月後、上空より。
徐々に草に浸食されていく。

 

 

2024年6月、施工2ヵ月後。
雨落ちから、草が出てくる。

 

 

2024年11月、施工6ヵ月後。
雨落ちが草に覆われる。

 

4裸地の養生

 

裸地とは、土がむき出しの状態です。
通常は土がむき出しだと地面が乾いてしまうので、草木などの植物が裸地を覆うように成長します。

ただ草が育つ間にも、地面は雨に打ちつけられたり、人が通る所では踏み固められます。
雨落ちと同様、地面を傷めることなく、少しでも水が浸透しやすくする為に、養生をします。

 

 

例えばこの場所を養生した時は、大バールで小さな穴をあけて、燻炭を入れる。ここでも、水が浸み込みやすくなる工夫をしています。

 

 

その後、落ち葉や藁で養生します。

 

 

こうする事で、草木が育つまでも土地を傷めることが無く、菌糸や虫たちの住処となり、雨水が浸透しやすい構造になります。

 

さいごに

 

今回は、雨落ちをはじめ水と空気を土に戻す事で、土地を育てるという話でした。
私が、これらに興味を持ったきっかけは、民家再生の現場でした。

例えば、茅葺き民家の設計中に、茅葺き屋根には樋が付かない事に気付いた時に、昔はみんな屋根の雨水をどう処理していたのだろうと疑問に思うようになりました。
また山奥の民家の設計中に、側溝がきていない家がありました。今は家の前には道路があり、道路には側溝があるので、雨水や暮らしの水を排水する事は簡単です。しかし、昔は側溝などありません。何も処理をしなければ周囲の家や下の家に迷惑をかけてしまいます。

そんなことがきっかけで、いかに水を土に浸透させるかを考えるようになりました。

その時にヒントになったのはヨットです。帆を張って風を利用して進むヨットを速く走らせるためには、新しい風を入れ続けなければいけない。新しい風を入れる為には、古い風を溜めずに逃がせばよい。

または、コップに水を入れたけれど、水が満タンのコップでは、新しい水は入らずコップからこぼれてしまうので、まずはコップの水を減らさなければいけない。同じことで、土に水を浸透させたいなら、土の中の水を動かして減らせせばよい。

では、昔の人たちはどのように地面の水を動かす工夫をしていたのか。

一つは木。
昔は庭や家の回りに大きな木のある民家が多かったと思います。京都の町屋でも通り庭などに松などの木を見かける事があります。
大きな木であるほど深くまで値を伸ばし、土中の水を吸い上げてくれます。今の家は大きな木があると樋が詰まってしまうので都合が悪いですが、樋がなければご近所の迷惑にならない範囲で木を育てる事ができます。
樋がない事と、雨落ちと大きな木はセットなんだと思うようになりました。

二つ目は井戸。
昔は井戸のある民家も多かったと思います。京都の町屋でも通り庭に井戸を見かける事があります。
昔の石積で作られた井戸は、孔内の石積から浸みだし水や地下水をくみ上げることで、土中の水を動かしていました。今回もそんなわけで井戸も掘りました。

三つ目は囲炉裏。
昔は囲炉裏のある民家も多かったと思います。
囲炉裏は土の上で火を焚く事で、表面の土を熱して乾かす。乾いた土は、土中から水分を吸い上げていました。よく茅葺民家で夏でも囲炉裏を焚いていたと聞きますが、もしかしたら夏こそ囲炉裏で火を焚き、土を乾かして土中の水分を動かし、屋根の雨水を浸透させていたかもしれません。今回、囲炉裏はありません。

他にもあると思いますが・・・こう考えると、木も井戸も囲炉裏も人間のくらしの一部であり、昔の人たちは暮らしているだけで土中の水を循環させていた。これを「自然とともに暮らす家」や「庭と繋がる家」と言えるのではないかなと思うようになりました。

 

次回は最後、根の上の礎石です。