中山道関ケ原宿にて民家の建て替えです。
宿場町の名残が残る中山道の通り沿いの敷地。もともと道路の拡幅で曳家された民家は既に限界がきていましたが、この先も中山道の景観を守る為にと、建て主は新たに伝統工法での建て替えを決断されました。
豪雪地帯の関ケ原は、垂直積雪量140cm。
初めての多雪区域での石場建ての設計となり最初は勝手がわかりませんでしたが、図面を何度も描くにつれて雪国の民家の構造や特性(気候風土適応住宅)を深く考えさせられる機会となりました。
構造は豪雪にも耐えうる為にも、12M六間通しの地棟や8M・10M級の梁や登りなど10本近くの地松の丸太で小屋を組みます。胴回りも八寸の差し鴨居を回し、四寸から五分刻みで柱を配置。現代工法のようにただデカい材を均一に組むのではなく、組み方にもひと手間かけて場所ごとに必要に応じた断面を配置する事で、いつもとは違う機能美をまとった軸組になりました。それもこれも大工の坂本さんの心意気のおかげです。
そして山では、8M越えの地松の伐採や運び出しが進んでいます。図面を見ながら曲がりを見ながらの地松の立木の伐採、なんと楽しい事でしょう!
最近の地松は青や虫が入るので避けてきましたが、今回は初冬に伐採し田植え頃までにだいたい刻んで梅雨前に建前という作戦で進めてきました。それもこれも、山から製材まで自由に行きしている材木屋の桂川さんがいてくれるからこそ、成立する軸組です。
幸いにもここは第一種地盤で増幅率は0.80、地盤は直ぐ岩盤で地盤改良はなし。さすが山間部の宿場町は石場建てによい加減の土地です。
いつもはザルの温熱も今回はがんばりました。南北に四尺の縁側と障子を配置し西には床仏押とすることで、いつもいる部屋はバッファゾーンで囲み床暖を採用しました。もちろん断熱も屋根・床・土壁の外にしっかり入れました。夏は隣の大きな欅の陰で、窓を開けて過ごせるよう風や陽が通り抜ける間取りとなっています。
一度やってみたかった昔の民家でよく見る通しの地棟のある民家。この時代にはたいそう珍しいこと、今から建前が楽しみでなりません。
この地棟は、これから100年 200年 300年と小屋に鎮座します。時間ができたら、皮でも剝かせていただこう。
大工 坂本功二
荒壁 宮崎孝
材木 桂川恒裕
設計 水野友洋
