4月6日(日)『木組み×土壁』家づくりDAY 2025

糸島の石場建て11 構想見学会+土壁WS+大工の存在意義

半年前の8月23日・24日の構造見学会と土壁WSの様子です。

4月6日(日)には、岐阜愛知でも見学会を開催します。
ご興味があれば、こちらをご覧ください。
↓ ↓ ↓

はじめに

遠く離れた福岡県での見学会でしたが、建主さんのご理解とご配慮と、大工さん左官屋さんのご協力のおかげさまで、2日間で50名以上の方に参加いただきました。
宮崎を除く福岡・佐賀・長崎・大分・熊本・鹿児島からの参加者があり、九州内の移動は皆さん慣れていらっしゃるだなと感じました。

 

 

福岡では建前の見学会でも、3日間で30名ほどの参加がありましたが、お話をしていても岐阜愛知よりも興味のある方が多いような気がしました。昨日の記事でも話しましたが、伝統工法の素材が手に入りづらい地域なので、伝統工法の家つくりが珍しいのだと感じました。

 

1.説明+質問

 

 

今回は2日間で6回の見学時間に分けて開催しました。
住幸房の池尾さんが2日間とも来てくれることになったので、「全体説明→質問タイム→土壁体験・見学」というモリモリのスケジュールで開催しました。
実は、個人的にも池尾さんの考えていることや九州の地域性の事を聞きたかったので、説明の大半は池尾さんに丸投げしました。おかげさまで、写真がたくさん撮れました(笑

  

 

話の内容は、家作りの経緯・工期や素材・仕事の説明と、なぜ私たちがこの家つくりをやっているかというお話です。

特にこの家は、裏山の木を伐採し山で葉がらし乾燥させた後に、大工が構造材から板材まで製材し天然乾燥させて、木作りし手刻みして建てた家です。今の時代に『山を育てるための家作り』を経験させていただけたのは、建主の思いと住幸房さんの心意気のおかげです。

また、私たちの価値観に近い参加者が多かったからか、池尾さんのお話が上手だったのか、たくさんの共感をいただけたように感じることができ開催して良かったです。

 

2.竹小舞編み体験

 

 

1日目は竹小舞編み体験の様子です。
子供から大人まで、みんなであみあみ。
幸せな光景ですね。

 

 

 

  

 

 

 

3.竹小舞ライトアップ

 

 

夕暮れ時には、竹小舞のライトアップです。
空にも恵まれて、綺麗でした。

 

 

4.土塗体験

 

 

 

 

この小学生たちが50年後に「僕が子供の頃に家を作る時には、竹編んで土塗ったもんだ・・・」みたいな話をしてくれたら、嬉しいです。もっと、こういう現場を作らねばですね。

 

5.実演見学

 

 

こちらは、左官の親方。
カッコよかった。

 

 

 

 

 

 

ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
2日間お疲れさまでした。

 

大工の存在意義

最後に、大工の池尾さんの話です。

 


 

大工という職業は、木を使って建物を建てる職業です。

僕の親方は、「大工は、木で作れるものなら、何でも作れないと一人前ではない」とよく言っていました。たしかに、家だけではなく、建具や家具、小物など、何でも作っています。とにかく、僕たち大工は、木を加工して、「生かす」仕事をしているんです。

日本の山には、生かされる当てのない木がたくさんあります。ちょとやそっとではありません。大量にあります。

誰かに管理されていなければ、それは植えただけで放置されているということで、そのような木には買値も付かないため、伐採もされません。
高度成長期には高値で売れた木も、今は見向きもされず、もう管理することを諦めてしまった人、植えたことを忘れている人、祖先が植えたことを知らない人、いろんな理由で放置されています。

植林するときには、立派に育って、建築材料として高値で取り引きされることを期待されていたんだと思いますが、残念ながら放置されているのです。
そんな木が伐り出されるときは、植林した人が期待した使われ方ではなく、バイオマス発電やチップの原料にされるのでしょうか。それとも、その場所で朽ちるまで立ち続けるしかないのか・・・

木材生産をする林業を生業とする人の中で、燃料にするために木を育てている人は少ないと思います。

これと同様に、エンジニアリングウッド(木材を細かく切ったり砕いたりして、欠点を取り除き、接着して固めることで都合の良い形に成型した木材。例えば合板・集成材など)を作るために、木を植えているという人も少ないと思います。節や曲がりがあっても、やはりそのまま使えるのであれば、使って欲しいという気持ちはあると思います。

切り刻まれたら、その木の個性は消し去られ、接着剤無しではこの世に存在することのできないものになってしまいます。

僕は、何十年もかけて育てられた木を、最も有効に活用できるのは木造建築だと思っています。それも、木材の個性を生かして、太いものは太く、長いものは長いまま使うことが大切だと思っています。

それができるのが、大工です。
長い材料、太い材料を使うことができる技術を持った大工です。

大工がエンジニアリングウッドしか使わなくなってしまったら、日本の林業はどうなってしまうのでしょうか。「木である」ことが重要で、手間暇かけて木を育てる意味が無くなってしまうかもしれません。

日本の山の木を生かしながら使う。
それが大工の存在意義である。
このことを、私たち大工は忘れてはいけません。