2023 秋の風景

今年の田んぼ、無事終了しました。毎年稲架の片付けが終わって藁が残っている田んぼを見ると、寂しくて田植え後の早苗の頃が恋しくなります。

2010年からなので13回目の米作りでした。今年は、田植え後の草取りをサボったせいで収穫は減りましたが、田んぼはまた一枚増えて、七反になったのでお米は例年通り備蓄完了です(笑。
七反を肥料なし除草剤なしの自然栽培で天日干し、しかも13年目となると、なかなかそんな建築士はいないんじゃないでしょうか。なんなら、本当に設計しているのかが怪しいレベルですね。私も秋は田んぼが本業で、設計が副業じゃないかと思っています。

 

今年新たに取り入れた事は、田んぼの一角にあぜ道を新設して、一畝(30坪)ほどの小さな田んぼを作った事です。そこは田植えをせず冬も水を張って、自然の沼のようなため池のような場所にします。
作った理由は、生き物たちをもっと観察しようと思ったからからですね。その為にいろんな生き物が暮らせるよう、人為的に多様な自然環境を作ってみたわけです。草も極力切らずにそのままの状態にしているので、今はこんな感じです。

水路の水を引いているで、もし水路の水が止まると、枯れてしまうんですよね・・・。
大きな船でも埋めて虫や魚の避難場所を作っておこうかと思っています。

 

一週間前までは、大勢のトンボが卵を産みに集まってきていました。赤とんぼや違う種類のトンボもいました。トンボが密集すると、バリバリバリバリっとすごい音がするのです。羽がぶつかるんじゃないかというほどの数のトンボが水辺に集まってきました、特に午後ですね。来年は、この沼からトンボが大量発生するはずですね。

多分この周りに卵を産める水辺が少なくなったのでしょう。田んぼには、山から引いてきた水は来ますが、湧きだしの水はありません。

昔は明らかに水が湧いていただろう地形変換点の崖沿いがあるのですが、今はU字溝となっている。昔は湧き出しの溜池だっただろう要の場所は、コンクリートで固められた防火水槽となり、水神様は草が生えないようコンクリートで塗り固められ、水はもう枯れている。木々も伐られて既になく、10年前に蛍の住処に、蛍を守ろうの看板をコンクリートで設置して、蛍はいなくなりました。

住民も何がしたいのか、何をすれば良いのかわからず、最悪の悪循環を進み続ける日本の地方。

 

あぜ道側は丸太を井桁に積んで、子供が近づいても土手が崩れないようにし、虫たちの住処を守っています。また虫たちを観察しやすいよう、ある程度は、風が抜けたり日が当たるように草を刈っています。天然林のような自然の場所ではないので、人の手で作った場所は、それなりに人の手入れは必要ですね。

 

田植えをしていないですが、去年のこぼれ種が発芽したようで、稲が生えています。
稲も今年はそのまま放置して様子を見ます。

来年はもっと植物の種類も虫たちの種類も増えてくれと良いですね。

 

 

去年から畔道から生えてきた木は、邪魔にならない程度に残すようにしています。 

去年から大きくなった木もいれば、新たに生えてきた木も。

 

なんの木かはよくわかりません。

 

たまに、良かれと思い誰かに伐られたりします。

 

ほっとくと、こんなに大きくなります。
お隣さんに迷惑をかけてはいけませんが、それ以外は問題はないです。
大きいと日影なるから、そこだけ少し育ちが悪くなる程度です。

 

 

 

秋の田んぼの風景

稲架かけの風景

 

 

脱穀後の風景。

脱穀後の田んぼはすぐに草に覆われ、緑になります。

 

脱穀した藁は、一週間も掘っておくと、藁下には蜘蛛など虫たちの暮らしが始まっています。

藁をどけると、蜘蛛やコオロギやいろんな虫が慌てて移動します。
かわいいので、出来るだけ田んぼに残しておこうと思います。
今年は麦を撒こうか考え中、撒くならそろそろ締め切りです。

 

 

 

田んぼはお米を生産し、治水機能を持った大事な場所でした。副産物の藁は、竹小舞や茅葺の藁縄であったり、左官の土に混ぜるスサや畳?であったり、生活の道具を作る時の素材でもありました。

田んぼは、里地里山の重要な場所です。
里地里山とは何かと言うと、人間が関わる事で、多様な自然環境が維持され、生物の多様性を育む場所です。私は、人間も植物や虫や動物のように生態系の一部になれる唯一の場所が里地里山だと思います。

里地里山を守ろうというフレーズはよく聞きますが、実際に継続して守り続ける為には、守る行動が人間の暮らしの一部になるのが本来の姿だと思う。お金と時間を使い続けて里地里山を守り続けられる人は何人いるのだろう。そのお金と時間は守ろうとする里地里山の数倍の里地里山を壊して得たものかもしれない。

私は、食べる為にお米を育て、くず米は鶏のエサとし、もみ殻は燻炭として土に使い、藁は家を作る為に使う。自分の暮らしの為に育てている田んぼが、他の生き物たちが生きていく大事な場所になる。

こんな自然の循環を暮らしの中で成立させる事は、私も日頃から痛めてつけている自然に対してのせめてもの償いであり義務だと思って田んぼをやっています。