2016年、私の中で大きな出来事が2つあった。
1.熊本地震
2.気候風土適応住宅
この2つをきっかけに、私が建築の仕事を通して、社会や未来の為にできる事を考えた。
建築するという行為は自然を壊して行われる。環境保護の観点からは、マイナスでしかない。
建築士である私に出来る事は、如何にそのマイナスを小さくできるか。
今できる事は、建築のゴミを少なくする為に、長く生き続ける民家を作る事と考えていた。
永く生き続ける民家は「真壁の家」

柱や梁が現しの構造を、真壁と呼ぶ。
真壁の柱や梁など素材は、空気や陽に触れる事で、呼吸している。
素材は呼吸する事で、時間によって磨かれ、味わい深まる。

上:柱梁が見えている真壁。
柱梁が見えている真壁の家は、維持管理しやすい。
つまり、傷んだ箇所を早期に発見でき、修理がしやすい。
柱梁が隠れている大壁の家は、どこが痛んでいるかわからない。
傷んでいる箇所を確認するためには、壁を剥がす。
下:柱梁が隠れている大壁。

家の寿命は、維持管理のしやすさに比例する。
内外、出来る範囲で「真壁」の家作り。
1.熊本地震
2016年4月、被災した熊本へ、地震の一週間後にボランティアとして入った。
現地では、古川設計室の古川さんの現場の応急措置の手伝いをさせて頂き、夜には地震時のお話を聞かせて頂いた。
完成して10年も満たない家や、100年以上も大事にされてきただろう民家が、大きく揺られて損傷したり、地盤が壊れて建物が傾いたりしてた。
初めて、大地震で被災している家の姿を見て、地震の怖さと辛さを肌で感じました。

地震に強い家作りより、地震後に修理しやすい家作り。
地震に強くて壊れない家作りは、目指すべきですが、無理ということがわかった。
震度7の地震が来た時としても、地盤が壊れないか、どの周期で来るか、まさに運。
それよりも、地震後に傷んだ箇所が確認でき、修理しやすい家作りを考えるべき。
修理しやすい家は、柱梁が現しの真壁の家。縁の下が現しの石場建ての家。
大壁の家は、まずどこが壊れているかわからない。
地震の被害は、地盤増幅率に比例。
地震の被害と増幅率は、比例している事を実体験で理解できた。
地盤増幅率 2 倍の地域の被災状況を見て回る事で、設計で想定すべき事の多さを理解した。
増幅率の大きな揺れやすい場所では、伝統工法の柔らかい家は作らない。
作るとしても、維持管理しやすい真壁とし、直し易い平屋とする。
なによりも、家作りにおいて、良い地盤に家を建てる事は一番大切。

石場建ての家は、地震に強いのではなく、地震の後に修理しやすい。
古民家は大地震を経験してなお、100年以上生きている。
2.気候風土適応住宅
冷暖房のエネルギー消費が小さい高気密高断熱の住宅が、省エネという事で世の中は動いている。
2015年頃から建築の省エネ法の議論が進み、2025年には一般住宅に断熱性能の省エネ基準が義務化される。私が目指しているような「伝統工法の家」は、低気密低断熱の住宅であり、義務化になれば省エネ基準を満たせず、建築できなくなる。
2016年3月 省エネ法の中に「気候風土適応住宅」という枠組みが示された。
「気候風土適応住宅」とは、地域の気候や風土に応じた伝統的木造住宅。
2025年以降に、「気候風土適応住宅」と認定されれば、断熱性能の省エネ基準適用除外や、エネルギー消費基準の緩和措置という特例が設けられ、伝統工法を残せる道筋が出来た。
下のファイルは、2017年に木の家ネットが作った「気候風土適応住宅」のチラシです。

2016年から、国は「サスティナブル建築物先導事業(気候風土適応型)」の募集を始めた。
「気候風土適応住宅」に相応しい住宅の事例や、伝統的な家作りや暮らしの工夫を集める為、全国の作り手から提案を募集。
作り手にとっては、2025年以降も作り続けたい家を提案する絶好のチャンス。
言いたいことがあるなら、ここで提案する。ここで黙ってて、後で文句を言うな。
というわけで、私も思いの丈をぶつけるつもりで、提案書を作りました。

私の考える気候風土適応住宅は「永く生き続ける家」
提案書を作る作業は、私が6年間かけて探した「目指すべき家作り」をまとめる作業だった。
夏は極力空調に頼らず暮らせるよう、土壁の蓄熱性と南北通風を利用した間取りや暮らし。
屋根はいぶし瓦で軒庇を深くし、朝日や西日は植栽や間取りで日射を抑える。
梅雨時期の湿気に対しては、無垢の木・土壁・畳・和紙など、調湿性の高い素材を多用する。
冬は、晴れた日の日射はもれなく吸収できるよう南東から南西には、縁側・居間・和室を配置。
寒い日は障子やふすまで間仕切り、小さな空間を温めて暮らす。
木や土や石などの素材は、近くで採れるものを使用。
仕事は、その地域の素材の扱いを心得ている職人さんにお願い。
その地域の気候や風土に従った素材の使い方や造作で、家作りを行う。
コンクリート基礎・樹脂アルミサッシ・壁に張る防水シート・金物ボルト・合板ボード類・クロス・断熱材・わけのわからない新建材など、寿命が短く将来ゴミとなる製品は極力使用しない。
礎石・木製建具・土壁・板張りなど、職人の手仕事で作り、長持ちして土に還る素材を使用する。
建物の寿命を延ばす為には、古民家と同じく「木組み・土壁・石場建て」の伝統工法。
足元は石場建て、手刻みの構造、土壁は極力真壁とし、壊れた時に直し易い家作りをする。
外観は、日本の建築らしい佇まいと、周辺の景観になじむことで、風景となるように。
若い職人や弟子のいる親方と仕事する事で、伝統的な技術の継承に繋がるように。
日本の気候風土や災害などに対し、物理的な耐久性や、維持管理のしやすさを備えている事。
間取りや外観は、奇をてらわず田の字のシンプルな架構とし、将来の可変性に備えている事。
素材が空気や陽に触れる事で永く生き続け、時間によって磨かれ、味わい深まる家である事。
そして、そこで暮らす家族から愛され、大切に住み継がれて「永く生き続ける家」。

こんなこと・・・を書いたのですが、実はこれは私が暮らしている家の事です。
6年間「目指すべき家作り」を探してたのですが、やっと見つけたのは「私の家」だった。
自然の素材と職人の手仕事を大切に、永く愛される家を目指す。
結果ですが、気候風土適応住宅には3回提案を出して、2回採択、1回不採択でした。
ただ結果以上に、私にとってこの提案は、大事なことに、気付かせてくれた。

私は「私の家」を愛していて、これからも直しながら、大切に暮らしていこうと決めている。
私の家は、明治時代に私のおじいさんのおじいさんが建てた家で、私で5代目の住人。
家族の記憶の器となって「永く生き続ける家」は、住み継ぐ価値のある家です。
建て主さんに家作りを提案する時には、嘘をつかず心から良いと思える家を提案したい。
私が私の家を思うように、建て主さんにも建て主さんが暮らす家を愛してほしい。
私の考えに共感して頂ける建て主さんに対して「永く生き続ける家」を作る事が私の仕事。

家の価値は、家族から如何に永く愛されているか。
古民家のように愛される家作りを目指して、出来るだけ自然を壊さない。
この頃は、礎石から上の建築の視点で、永く持たせることを考えていた。
石より下の土木の視点は、この4年後に知る事となる。
次回は、土木の石場建て。